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おかわり

たーんとおたべ

ぼーっとしていたい

トークタイム

だいぶ前に「おなじ1分間でも人によって感じ方が違う」って記事をネットで読んだと思うんだけど、どこで読んだのかすっかりわからなくなってしまったので、ソースはなしです。ブクマっときゃよかった。内容は「時計を見ないで、そろそろ1分経っただろうと思われる頃にハイッ!って言う。それが45秒ぐらいでハイッ!って言う人もいるし、90秒も経ってからハイッ!って言う人もいる。45秒の人より90秒の人のほうが早死にする。それは90秒の人は自分の中の時間の流れがゆっくりなので、いつも急かされている気がするからかもしれない。」というもの、‥‥だったとうろおぼえ。なんでこの1回読んだだけの記事を結構覚えてるのか、というと「1分が90秒って、どんだけ〜w」と、試しに自分でやってみたらわたしの1分間も80秒ぐらいだったからです。たおやかな時を刻むわたしの体内時計。たおたお〜。‥‥そういわれればたしかに、ふと気づいたら平気で2時間ぐらいボーッとしてます。自分の中で進む時間と、世間で流れている時間のギャップ。注意していないと、どんどんおいてけぼりで、だから急かされてる感がいつもつきまとう‥‥。現代人・社会人としてはプチ失格っぽい。逆に近代・前近代人としては向いていたのかもしれない。雨待ち、晴れ待ち、人待ち、状況待ち‥‥。テレビも電話もネットも携帯も、ニュースも天気予報もないんだから、なんか事を起こすにしても、ボーッと待ってる時間は今よりずっとずっと長かったはず。別に前近代までさかのぼらなくても、わたしたちが子どもの頃より現在は、いろんな事で「待ち時間」が短縮されてる。そのぶん、急かされる。やれる事が、次から次にやってくるんだから、まじめすぎる人はそりゃ過労死もするっちゅうねん。1分が90秒の人はうつっぽくなるっちゅうねん。便利が人を殺すって、どうよこれ。
‥‥とも思うけど。わたしは今、バリバリ専業主婦で、10時から2時ごろまでは割とヒマで、お金持ちなわけでもないのにパートにも行かずに、家でボーッとしてる。それに罪悪感を感じたりもしてる。空いてる「待ち時間」に働きに行けば月4万。ねぇ。でもボーッとしたい。おしゃれなキッチンも、薄型テレビも、それを入れる広いおうちも、別にいらない。お金はある分でやる。そんなことよりも子どもがちっちゃいうちは、家の中の時間を「たおたお」させていたいなぁって思う。忙しそうなダンナをせめて家ではボーっとさせてあげたいなぁって思う。‥‥そう思うけど、やっぱりそれは自分のぐうたらに理屈つけてるだけで、9時5時で働いて、「たおたお」してる人もいるんだろうなって、罪悪感。人には向き不向きがあるのは知ってて、自分には「9時5時でたおたお」は無理ってわかってるけど、一人で勝手に肩身せまくなってます。