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おかわり

たーんとおたべ

模倣犯のピースとオザケン

ひとりごと テレビ

小沢健二がMステに出てるの大分前に見た。
年をとるって怖いなと思った。

 

あんなに偉そうで、怖いもんなしで、自信満々で、
自惚れてて、世の中なめてて、なめ切ってて、
若さの愚かさを知らず、
若さとみずからの与えられた環境や能力ゆえに
弱い人の持つ優しさを知らず……

でも、だからこそキラキラしてた、
とんでもなく生意気なあの男の子が
ぼやーっとしたおっさんになってた。
妙な自己演出をともなったおっさんになってた。

年齢を重ねるのは怖いなって、
そして難しいなってしみじみ思った。

 

年とったらあんなふうに
自分が歌えもしない曲を書くのはどうかと思うし、
「俺すごいこと考えてるやろ」とか
「こんな詩、誰も書かれへんやろ」みたいにひけらかすのは
正直どうかと思う。
若い時分ならいざしらず、ちょっと恥ずかしいなと思った。
もっともっと年とっておじいさんになったら、
逆にそこまで考えんと伸び伸びひけらかせばええのかもしらんけど、
あんた、まだあかんと思うわ。

あのころ、私はオザケンのつくる
上品で愛らしい、手のひらに乗せて眺めていたい、
いつでも自分の生活のそばにある日用品のような、
でも、世界に対する深い洞察を感じさせるような歌が好きやった。
オザケン本人に対しては「何やこいつ」と思ってたけど、
歌に関しては素直に「ええなぁ」って思ってた。
でも、あのころのキラキラは跡形もなく
全部なくなってもうてたなぁ。
オザケン自身は気づいているのかな?

 

ずっとずーっと前に宮部みゆきの「模倣犯」読んだとき
「あ、ピースってオザケンやん」って思った。
ピース、年とったらあんな感じになるんかな。

年とるって難しい。
中身肥やしていかなあかんから。
若いとき言うたことに答え出していかなあかんから。
あんな大人になりたくないって言われるほうになるから。

 

ピースとオザケン
どっちも30代を前に陰り出したのが似てる。
人は30代が近くなると、
若いとき特有のキラキラした雰囲気だけ、
生まれ持ったものだけでやってきたやつは
ケツが割れ出す時間帯に入ってくる。
若いときには価値のよくわからなかった
光に対する影に当たる部分や
細かく小さい、でもとても重要な部品のようなところ、
その人の持っている本当の馬力に光が当たり始める。
自分自身の弱さとどれだけ向き合ってきたかとか、
不細工なところやかっこ悪いところをごまかさず、
どれだけ誠実に人生と取っ組み合ってきたかが
問われ始める時間帯。
見えないところでどれだけ真摯に生きてきたか、
地味に積み重ねてきた貯金を
年齢に問われ出す時間帯なんやと思う。

 

環境問題やりたいんやったら、それやっとったらええのに。
誰が何言おうと、地味でも目立たんでも、
やりたいことやっとったらええのにって思った。
歌、歌いたいんやったら、もっと稽古してから出てこやな、
あんたがおらん間ずっと頑張ってたやつらに失礼やでって思った。
せめて若いときよりうまくなって出てきてよって思った。