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おかわり

たーんとおたべ

愛国志士、決起ス!!!!!読んだ感想

ぎえー!!!

めっちゃくちゃおもしろいよ~!

12月13日(日)のゴー宣道場もすごいおもろかったし、
何このご褒美的な1週間!
神様、ありがとう!

 

感想ヲ書ク!
ネタバレあるよ。

 

ただ、ごめんなさい、社会とか、歴史とかを
分析とか、評論とか、そういうのはしていません。
そういうのは誰か書いてくれるかなと思うし、
そもそも書けません。

 

 

 実を言うと……第一部は少し苦手でした。

 

40歳を迎えて私も中年ど真ん中なわけですが、
恥ずかしながら余り勉強してこなかったので、
基礎知識がほとんどない!
幕末なら、「お~い!竜馬」と「JIN-仁」と
新選組!」などでほんのちょっとはわかるけど、
明治時代の政治とかは、ごめんなさい、全然わかりません。
曖昧模糊。無知蒙昧。五里霧中。
(近代日本の群像劇で大好きな
 「道頓堀の雨に別れて以来なり」は、
 大正時代やし、そもそも題材が政治じゃなくて川柳やわ……)

その状態でこの本を読むと、
頭山さんがすごいらしいことはわかりましたが、
何ていうか、頭山さんはずっとむっつりしてて、
で、ちょいちょい鬼のように怒らはるので、
どうも好きになれなかったのです。

 

ですが、第二部。
始まってしょっぱなから

「見えまっせーん!」
「見えまっせんばーい!」

とあらわれる頭山。
……何やこの子?めっちゃかわいいやんか!
この兄ちゃん、第一部で恐ろしげやったあの人と同一人物かいな?
で、そのあと高場乱(眼医者で人参畑塾の塾長。
身体は女性、心は男性)を見て、

「目の不調がすごか~?」

って、何よそれ!
登場はそんなとぼけた感じやのに、そのすぐ後に
頭山本来の胆力の強さを見せつけるエピソードを挟み込んであって、
もう、ばっちりつかまれた!
「わー!頭山すごい!好きや!!この人どうなるんやろ?」
ってなった。

こんな感じで、ぐいっぐい来る。
頭山の絵も、第一部と変わった。
何ていうか、私の知っているいわゆる「漫画の線」になっていて、
頭山の肝の太さ、意思の強さはそのままに、
どこかしら純情さというか、愛嬌が加わった。
この辺は事細かに話すと長くなるので、
頭山のかわいさについてはぜひ読んで堪能くれさい。

 

主人公のキャラ立ちばっちり!
で、次は脇キャラになるんやけど、これもすごくいい。 

 

第一部では、余りどんな人となりなのかがわからなかった
箱田や来島が、「青春する若者」としてそこに生きているんです。
ちょっとね、ここはたまらん。
だって、知ってるやん?どんなふうに命を燃やし尽くすのかを。
だから、初対面なのに不思議に慕わしく、懐かしくて、
明るく豪快な登場なのに、ちょっぴり切なさも感じました。
奈良原のあどけなさ。健気さ。
おじいちゃんになっても純粋なままだったんですね。すてき。

 

先生たち、先輩たちもいい。

 

・牛に乗ってあらわれる高場乱。

この人はいいなぁ。おもしろい。
あのお花を携えて牛に乗ってる肖像画、
確かに得も言われん怪しい色気……!
でも、ああ描くかぁ。おもしろい。ずるい。
LGBTに対しては、今でさえ偏見があるのに、
江戸が色濃く残るあの時代に、
初めは親から教育されたものだったかもしれないけど、
最終的に、性別を自分で決めた。
(よう知らんけど、こういう事って割とあったことなのかな?
 その辺、ちょっと知りたい)
小柄で病気がち、でも気迫と情熱の人。
荒くれ者たちがここに学びに来るってことは、
ちょっと任侠っぽい感じの人やったのかな?とか、
本物の男じゃなかったからこそ、
誰よりもそうあろうと真剣に振る舞い、
その結果、男性性の本質に肉薄するところもあったかもしれないとか、
あまたの英雄豪傑を輩出した母でもあるなとか、
いろいろ想像が広がるキャラクターです。

 

・越智と武部

 彼らの対比がすごく好き。
話し方、物の見方、人とのつき合い方。
福岡の変へと進んでいく生きざま。
そして、死にざままで。
でも、どちらも同じく峻烈で美しい。
とても大事に、とても丁寧に描かれていたので、
読み進めるにつれ、わかっていても死なせるのが嫌で、
武部の咆哮に号泣した……

 

ここで「一人でいて淋しくない人間になれ!」というセリフを思う。
頭山が一人でいて淋しくない人間なのは、
彼らのような信義や理想に倒れていった人たちと本当の意味で
「つながっている」という感覚があったからと違うかな。

西洋列強が世界を蹂躙する時代、
私欲よりも、合理よりも、
もっと大きな大事なものを守るために命を張った。
命をかける価値があるものなのだと、
くそったれな世間に一矢報い、見せつけた。
義であり、徳であり、仁であり、愛であり……
前原の言葉から引くと、
「天下一人の君主の下で、
 万民が同じように幸福な生活ができるというのが
 政治の思想の根本であり、
 またそのようにあらしめるのが理想だったのだ!」
金と力と産業が席巻する世界で、
彼らはあくまで武士としてあろうとしたんだと思う。

命のやりとりが、言葉だけでなく、
本当に「自分のすぐ隣」にある人生。
言ったことに命をかけてしまう人生。
命よりも、言葉(それは信念であり、哲学であり、
美学なんだと思う。)に重きを置く人生。
平気で価値のために自分の全てを捧げてしまえる人生。

それがたったの百数十年前にこの日本にあった。
そして、それこそが本来の日本人の魂なんだとこの作品はうたう。

 

コミュニケーションが濃密な中で
ぶつかり合うように、もつれ合うように生きる。
そこには同じ濃度の経験があるだろうと思う。

同じ釜の飯を食う仲間とのたくさんの語らい。
取っ組み合うような情熱のやりとり。
毎日のちょっととした出来事に感じる「勇気」の発露……
(結構な率でいつも血まみれ)
小賢しい立ち回りなんかじゃなく、
そういうものの積み重ねこそが
あすの大いなる勇気にいつかつながり、
「いざというとき、こいつならためらうことなくやるだろう」
「こいつがやると言ったら必ずやるだろう」
という信頼を生むのかもと思った。

熱い!
暑苦しい! 

でも、愛国心とか言って、偉そうにふんぞり返って、
ぶくぶく太って、もしくはがりがりに痩せて、
礼を失しても誰にもぶん殴られることのない暖かなお部屋で、
誰とも交わらずキーボードをかちゃかちゃたたいて、
匿名でネットに意見(?)を書き込むことなんかで
「勇気」は醸成され得るんやろか?

身を切る覚悟もなく、大勢の前でええ格好して気分よく大人を批判して、
反論は一切受け付けない、むしろエスケープするような若者たちは、
「勇気」にたどり着くことはあるんやろうか?

言葉を軽んじて、醜さを平気でなかったことにして、
見えないふりして、大物ぶってる政治家は、
「勇気」なんてもうなくしてもうたんやろか?

テレビショウで踊る言葉、ウエブ上に氾濫する言葉の中で、
頭山たちの言葉のような輝きを持つものはあるのか。
ふわふわと軽い言葉は、どんどん言葉の価値を薄め、貶めている。
そんな気がする。

って、ひどい悪口?
違うよ、ブーメラン込みで言うてるのよ。

この「愛国志士、決起ス」の登場人物たちは、
死んでるように生きてる、甘ったれで根性なしな私たち日本人には
強烈にまぶしい。
ちょっとでも恥ずかしくない生き方しやなあかんなと、
襟を正しました。

 

第三部では、どんな活躍を見せてくれるのかな?
今からワクテカです(^^)
最後、何か物すごい男前出てきたけど……!

 

 

 

女は産むほう、男はばらまくほう。
違うからおもしろいんやろうけど、
私たちは、同じ鈴でも響き方が違い過ぎるから、
ぶっちゃけつらいときもある。
茫漠としたところに救われるときもあるし、
同じ鈍さに傷つけられるときもある。
お互いさまなんやろうな……とでも思っていなければ
正直やっていられないときもあるけど、
そんなもんなんやろうな、とも思う。
わかったかな?と思ったら、あくる日にはもうわからない。
だから、腹が立ったら言おう。
悪かったら謝ろう。お互い。
一生懸命稽古せな、うまくなれへんで!
真面目にやらな、柿の木から落ちても受けとめてやらん!
あほやろうが、失敗しようが、不細工やろうが、
そういう男が女は好きやと思う。